AX 映画 - 徒然日記
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硫黄島からの手紙

 先日「硫黄島からの手紙」を見た。

 公開当初から気にはなっていたのだが、映画館に足を運んだ友人から「あまりにも人がバタバタ倒れるシーンばかりで最後まで観られなかった」と聞き敬遠していた映画だった。

 見るに至った経緯には、NHKが特集した「日本海軍400時間の証言」を見た事で戦争に対する関心を持たないといけない気がした事もある。

 2時間強の間、確かに友人が言ったように、バタバタ兵士が亡くなっていく・・・

 人間的に如何かと思われる上官の下に付いた兵士達は、無益な玉砕を強いられる。

 無降伏主義を貫かんとする日本軍は、客観的に見て全く望み無しの状況下においても、無駄な反撃をする。

 不条理極まりない世界

 何かに付け「天皇バンザイ」と叫ばせ、斬り込みに向かわせる。

 ウィキペディアによると、「バンザイ突撃を受けた米軍など連合軍兵士は、これを狂信的な兵士達の理解不能な自殺行為として恐れた。銃剣や軍刀を振りかざし、鬨の声を上げて突進してくる日本兵の姿に恐怖し、精神的な後遺症を負う兵士もいたことが記録されている。」との事。

 戦争というものは、まさに死に取り付かれた狂信的な人間の集団がお互い殺し合うだけのものでしかない気さえしてくる。

 この場面を見ていたら、この狂信的な兵士達がカルト集団の信仰者達とダブった。
 (この場合、天皇が池田に置き換えられるのだが)

 映画では二宮和也が生還者を演じていたが、実際はどうだったんだろう‥

 疑問に思い検索で探してみた。

 そして、生還者の手記から、当時の様子と心情が克明に綴られたページを見つけて午後一杯熟読していた。

 祖父の硫黄島戦闘体験記

 これを読んで、兵士達への自分の浅はかな思い込みを反省し、現在の自分の在り方も考えさせられた。

 決して兵士達は心から望んで命をお国に捧げていた訳ではなかったのだ。

 昔も今も人は人、変わっても変わらないものがある。

 でも、日本人というのは、「個」というものを持ってはいても、圧力に弱く、大きな波に流されがちな人種なんだな・・と感じる。

 だからといってそのままでいて良いわけがない。

 特に、昨今の日本は、在日が大きな顔をして日本名を堂々と名乗りながら生き、韓国の下僕である民主党が大洞を吹いている。

 そして、勢力は弱まってきてるとはいえ、悍ましい創価学会が未だ存在している。

 64年前の日本ではあり得なかった日本になってしまっている。

 この映画や手記を教訓に、「個」である揺るがぬ自分を持ち続けていかなければいけないと改めて感じた。

 
 
 
 
 
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キアヌ・リーブス その1

 
 久しぶりに「コンスタンティン」を観た。


 映画館で観た後、DVDを購入して、それきり何故か家では観てなかった映画だ。


 字幕翻訳が「林 完治」と知って、一応ホッとする。


 この人は何たって『マトリックス』3部作の字幕も担当した人。

 
 余談になるが、ある時から字幕の所に戸田奈津子の名前を見るとガッカリするようになった。
 
 割合に分かりやすい『スピード』でさえ、彼女の字幕には首を捻らざるを得ない台詞があり(キアヌ映画以外でも然りだが)、その上、キアヌが来日すると通訳がこの女性なのも気に入らない。

 通訳を聞いていても、俳優への思い入れが多過ぎるんじゃないかという通訳をしてる時が多いし、間違ってる場合も多い。

 という訳で、観たい映画があっても字幕担当に戸田奈津子の名前があるとガッカリする訳である。

 バイリンガルが増え、通訳の職に就く人達も増えている中、何故来日した大物俳優の通訳は必ず戸田さんなのか不思議で仕方無い。

 
 閑話休題・・・


 「コンスタンティン」でのキアヌは・・

 というか、コンスタンティンという男性は、厭世的で、虚無的で、シニカルであり人間や物に対して(悪霊が憑いてない限り)何の関心も持てないという人間だが、所々ジョークを言ったり、ボソッと漏らす言葉に、シャイだけど良い奴という人間性が伺えて、そこが魅力にもなっていると思う。

 例えば・・・
 
 かつては祈祷師、今はナイトクラブの経営者を演じるジャイモン・フンスーと、地獄へ行ける椅子(?)を貸してくれ、貸さないとやりとりする場面で、彼に鳩尾に手を入れられ持ち上げられ落とされた時に、滅茶苦茶になったシャツを見て「このシャツ高いのに」と独り言を言う所とか


 レイチェル・ワイズが地獄を覗くために水風呂に浸かる時に、「全部脱いだ方がいい?」と彼女に聞かれて、一瞬考え込む所など

  

 その場の状況にそぐわない、その仕草や台詞に緊張感も吹き飛んでクスっと笑ってしまった
 

 後、これは見逃せないと(ミーハー根性丸出しだが)思ったのは、キアヌのスーツ姿。(実はキアヌ程軍服姿、スーツ姿が似合う俳優も少ないとファンの自分は思ったりする)

 
 そのような訳で、白いシャツと黒いスーツ姿の彼に惹かれた。


 それだけではなく、肺を病んでるという設定から、顔色も白く、痩せて、声や表情から醸し出されるアンニュイな雰囲気も良かったりする。

 
 不器用に見えて、どんな役もこなしている所を見ると、才能のある俳優さんである事を感じる。


 色々な役柄を演じている彼ではあるが、父親役というのはまだ無いのでは・・・

 
 年齢から行っても、女房に逃げられた(もしくは先立たれた)子持ちの父親役というのも見てみたい気がする。




ジュディー・ガーランド

 小学生のクリスマスかお正月に「オズの魔法使い」という映画を観て大感激してから、映画というものが自分にとって何よりの楽しみになりました。 

 多分小3ぐらいの時だったと思いますが(それ以前にも両親にディズニーだの色々見せてはもらってたとは思うんですが・・)

この映画は自分にとっては衝撃的で、すっかりドロシーになった気分でそれ以降小学生時代を夢見がちに過ごしていました。
      虹の彼方へ
 それから沢山の映画を観て、考えさせられたり、感動したり、落ち込まされたり、夢を与えてもらったり・・・(人によってより映画から得た物の方が大きかった気がします。)

 「オズ」を観てから随分年月が経ち、その事をまるで忘れていたある日。

 Youtubeで亡くなる前のジュディ・ガーランドの画像を発見して、それが47という若さだったにも関わらず、あまりにも老けすぎている事に衝撃を受け、彼女はあれからどんな人生を送ってきたんだろう・・・と興味を持ちました。

 そして、伝記が出てないかと探した末に「ジュディ・ガーランド」という本を発見して、一ヶ月待ちでやっと手に入れる事が出来ました。

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 読みながら、あまりにも周囲の人間に恵まれず、振り回され続けた少女の人生に落ち込み、その後に訪れる「予想された」悲劇に胸が痛くなり、目を背けたくなるような出来事の数々に腹が立ち、折角天から授かった才能なのに、それさえ自ら失うような行動に走り続ける彼女を見ていたくなくて、本を閉じた事も幾度となくありましたが・・・

 それでも何とかこの本を読み終える事が出来ました(ここの所、風邪で汗かなり暇な時間が出来た事もラッキーでした・・・)

 読後、改めてYoutubeで見た後年の彼女の姿は当然のものだったのだと・・・

 普通の人の数十倍もこんな奇異な経験を積んでしまったら、幾らあどけない瞳が魅力的だったドロシーも老け込んでしまうでしょう・・。

 人の数だけ人生があって、生き方もそれぞれ・・・ 


 自分を甘やかして生きれば生きやすいけど、後に必ずツケは回ってくる・・と自分に対する反省も含めて天にいるドロシーが今はノンビリと過ごしてくれてる事を願うばかりです。
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