AX 2009年08月 - 徒然日記
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緊急地震速報


 今朝、ズームインスーパーを見てたら、いきなり「ただ今、緊急地震速報が入りました!千葉県、神奈川、関東、栃木の方達は大きな揺れが来る恐れがありますが、十分にご注意して下さい!!」とアナウンサーが真剣に画面に向かい訴えていた。

 
 これを聞いて先日の静岡沖での地震が浮かんで来た私は、その時の悪夢を思い身体が震えるほど緊張してしまって・・・

 
 アナウンサーは、「皆さん、これから地震が来るという地震速報が入りました。ご注意して下さい。」というとフレーズを繰り返していて、それが余計にこちら側の恐怖心を煽ってしまい、動悸が始まるし、どーしようという不安も募るし・・・


 後で聞いた所、地震は千葉県東方沖でM4.1だったとの事。


 おいおい・・・


 私はてっきりM7ぐらいの地震が来るもの・・・


 これからの、地震速報の在り方を考えさせられた今朝の出来事だった。



P.S.今朝の緊急地震速報は気象庁のシステムエラーだった事が判明。以下朝日より抜粋

 25日午前6時37分、気象庁は緊急地震速報を発表した。千葉県、茨城県、東京23区、神奈川県東部、埼玉県南部で震度5弱以上の揺れが予測されるとしたが、速報の直後に震度1以上の揺れは観測されなかった。気象庁は、誤報だった可能性が高いとみて原因を調べている。
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ジュール・ラフォルグ


 月光

 とてもあの星には住まへないと思ふと、

 まるで鳩尾でも、どやされたやうだ。


 ああ、月は美しいな、あのしんとした中空を

 夏八月の良夜に乗つきつて。


 帆柱なんぞはうつちやつて、ふらりふらりと

 転けてゆく、雲のまつ黒けの崖下を。

 
 ああ、往つてみたいな、無闇に往つてみたいな、

 尊いあすこの水盤へ乗つてみたなら嘸よかろう。

 
 お月さまは盲だ、険難至極な灯台だ。

 哀れなる哉、イカルスが幾人も来ておつこちる。


 自殺者の眼のやうに、死つてござるお月さま、

 吾等疲労者大会の議長の席につきたまへ。


 冷たい頭脳で遠慮無く散々貶して貰ひませう、
 
 とても癒らぬ官僚主義で、つるつる禿げた凡骨を。

 
 これが最後の睡眠剤か、どれひとつその丸薬を

 どうか世間の石頭へも分けて呑ませてやりたいものだ。


 どりや上着を甲斐甲斐しくも、きりりと羽織つたお月さま、

 愛の冷えきつた世でござる、何卒箙の矢をとつて、


 よつぴき引いて、ひようと放ち、この世に住まふ翅無しの

 人間どもの心中に情けの種を植ゑたまへ。


 大洪水に洗はれて、さつぱりとしたお月さま、

 解熱の効あるその光、今夜ここへもさして来て、

 
 寝台に一杯漲れよ、さるほどに小生も

 この浮き世から手を洗ふべく候。
                   上田 敏
 

 



 中学の時、図書室でたまたま発見したこの詩と出会い、惹かれ、ジュール・ラフォルグという詩人を知った。

 それまで詩というものは、自己陶酔の極みでしかなく、その押しつけがましさに嫌悪感を持っていたのだが(←これは全て私の偏った見方でしかないけど)この詩を読んで、それまでの固定観念が一掃された。

 神経質で不安定だった中学の頃の自分には、この詩が持つ古き良き時代を思わせるノンビリとした雰囲気と、古めかしい表現が妙に惹き付けられたのだった。

 それ以後、ラフォルグという人物にも興味を持ち、少しでも名前が載ってると、図書室や古本屋で貪るように読んだものだった。(中学高校のお小遣いでは、本代まで捻出できず・・・)

 ラフォルグは1860年8月16日に生まれ1887年8月20日に早世したフランスの詩人である。

 私が持っている本は、詩の本が2冊、吉田健一氏翻訳の「ラフォルグ抄」というラフォルグにしては珍しく長編の小説が入った本一冊のみである。
 
 因みに↓こちらが昭和50年に1200冊限定で出版された物と、その製造番号がスタンプで押されている最後のページです。




そして、↓こちらが平成元年に再度装丁を新しくして出された初版物。



 吉田健一氏の素晴らしい翻訳からなる「ラフォルグ抄」は、大学の頃手に入れた物だったが、それまで違う翻訳家の詩で慣れてた私には、独特の文章に悩まされ、手に入れてから数年本棚の肥やしになった後、気まぐれで読み出した時にやみつきになった本である。

この本の帯は吉田健一氏が寄せ書きを書いています。それを読んでいるだけで、とても思い入れの強い作品だったことが伺えます。

 ・・・現代の救ひをラフォルグに求める事は出来ない。それはヴァレリイに待つべきである。併しながら、私が言ふ近代、卽ち十九世紀の終わりから第一次世界大戦後に至るまでの、未曾有の文化的な頽廢期が今日まだ充分に現實である時、私はその近代の、我々凡てに親しい特徴や惡徳、---近代の空ろさを、半ば豫見的にせよ、ラフォルグ程見事に抒情し得た詩人を他に知らないのである。
吉田健一


 ラフォルグという人は、シェークスピアの「ハムレット」に傾倒し、自ら文壇のハムレットと名乗り憚らなかったそうである。

 大変有名な小説を、再度自分なりの解釈で構築するという大胆な行動に及び、それが「ラフォルグ抄」の中に入っているのだが、私はこちらの「ハムレット」の方がシェークスピアのそれより、ずっと人間臭さに溢れていて、洒落も通じる、親近感を感じる男性に描かれていて好きだ。

 いつか、ラフォルグと吉田健一氏共作からなる「ハムレット」もブログに書けたらいいなぁ・・・と思うのだが。


 

深イイ話は何故続く

 
 最初見た時、こりゃ長くないだろうな・・と思った

 思ったのだが、未だ続いてる

 この番組が始まる前までは、島田紳助は嫌いでは無かったのだが、この番組を見るようになり嫌いになった

 理由は紳助があまりに独裁的で、押しつけがましい所。

 自分が「深イイ」を押し、他の出演者が「う~ん」を押した時、紳助は延々と何故この話が深イイのか講釈を垂れ始める。

 聞いてるこちらとしては、余りにもこじつけがましくて、しつこくて、いい加減うんざりしてくる。

 「う~ん」を押した出演者も、紳助の話の後では「深イイ」を押さざるを得なくなり、付和雷同的に「深イイ」に変える。

 こんな事の繰り返しで終始してしまう番組なんぞ長くはないと思ったのだが・・・何故続いてるんだろう。

 (嫌なら見なければいい。とも思うが、その後に放送される「しゃべくり007」が見たいのと、「深イイ~~」の時間帯に余所ではもっと下らない番組しかやらないので無理矢理見てる訳で。)

 それで、今日もその「深イイ~~」があるのだが、何と2時間枠の特番である。

 それも、ゲストと言えば、久本雅美

 不思議と最近TVで久本雅美の露出度が増えた気がする。(選挙と関係があるのだろう)

 創価学会員というだけではなく、たとえ学会に入って無くても、この人は何処か胡散臭くて、笑い方もわざとらしくて見ていて不愉快だ。

 不愉快に感じる物は見る必要がないので、久本の出ている番組にはチャンネルを合わせないのだが、紳助は反創価と言われているが、その紳助の番組に久本が出る率が高くなってきてる事が不思議である。

 それも、お客で来てる割には仕切りまくっていて、何か言う度にカメラが自分を捉えているか確認する視線がキモイし計算高さ丸出しだ。

 他に幾らでもタレントは居る筈なのに、あえて創価タレントを使うTV局・・・

 無料じゃ出してもらえないだろうから、創価も余程無駄遣いしているのだろうが、視聴率が取れなければ溝に捨ててるようなもの。

 この悪循環が無くならない限り、視聴率も上がらないだろうし、番組の低レベル化も止まらないだろう。

 

 

 

 
 

硫黄島からの手紙

 先日「硫黄島からの手紙」を見た。

 公開当初から気にはなっていたのだが、映画館に足を運んだ友人から「あまりにも人がバタバタ倒れるシーンばかりで最後まで観られなかった」と聞き敬遠していた映画だった。

 見るに至った経緯には、NHKが特集した「日本海軍400時間の証言」を見た事で戦争に対する関心を持たないといけない気がした事もある。

 2時間強の間、確かに友人が言ったように、バタバタ兵士が亡くなっていく・・・

 人間的に如何かと思われる上官の下に付いた兵士達は、無益な玉砕を強いられる。

 無降伏主義を貫かんとする日本軍は、客観的に見て全く望み無しの状況下においても、無駄な反撃をする。

 不条理極まりない世界

 何かに付け「天皇バンザイ」と叫ばせ、斬り込みに向かわせる。

 ウィキペディアによると、「バンザイ突撃を受けた米軍など連合軍兵士は、これを狂信的な兵士達の理解不能な自殺行為として恐れた。銃剣や軍刀を振りかざし、鬨の声を上げて突進してくる日本兵の姿に恐怖し、精神的な後遺症を負う兵士もいたことが記録されている。」との事。

 戦争というものは、まさに死に取り付かれた狂信的な人間の集団がお互い殺し合うだけのものでしかない気さえしてくる。

 この場面を見ていたら、この狂信的な兵士達がカルト集団の信仰者達とダブった。
 (この場合、天皇が池田に置き換えられるのだが)

 映画では二宮和也が生還者を演じていたが、実際はどうだったんだろう‥

 疑問に思い検索で探してみた。

 そして、生還者の手記から、当時の様子と心情が克明に綴られたページを見つけて午後一杯熟読していた。

 祖父の硫黄島戦闘体験記

 これを読んで、兵士達への自分の浅はかな思い込みを反省し、現在の自分の在り方も考えさせられた。

 決して兵士達は心から望んで命をお国に捧げていた訳ではなかったのだ。

 昔も今も人は人、変わっても変わらないものがある。

 でも、日本人というのは、「個」というものを持ってはいても、圧力に弱く、大きな波に流されがちな人種なんだな・・と感じる。

 だからといってそのままでいて良いわけがない。

 特に、昨今の日本は、在日が大きな顔をして日本名を堂々と名乗りながら生き、韓国の下僕である民主党が大洞を吹いている。

 そして、勢力は弱まってきてるとはいえ、悍ましい創価学会が未だ存在している。

 64年前の日本ではあり得なかった日本になってしまっている。

 この映画や手記を教訓に、「個」である揺るがぬ自分を持ち続けていかなければいけないと改めて感じた。

 
 
 
 
 

キアヌ・リーブス その1

 
 久しぶりに「コンスタンティン」を観た。


 映画館で観た後、DVDを購入して、それきり何故か家では観てなかった映画だ。


 字幕翻訳が「林 完治」と知って、一応ホッとする。


 この人は何たって『マトリックス』3部作の字幕も担当した人。

 
 余談になるが、ある時から字幕の所に戸田奈津子の名前を見るとガッカリするようになった。
 
 割合に分かりやすい『スピード』でさえ、彼女の字幕には首を捻らざるを得ない台詞があり(キアヌ映画以外でも然りだが)、その上、キアヌが来日すると通訳がこの女性なのも気に入らない。

 通訳を聞いていても、俳優への思い入れが多過ぎるんじゃないかという通訳をしてる時が多いし、間違ってる場合も多い。

 という訳で、観たい映画があっても字幕担当に戸田奈津子の名前があるとガッカリする訳である。

 バイリンガルが増え、通訳の職に就く人達も増えている中、何故来日した大物俳優の通訳は必ず戸田さんなのか不思議で仕方無い。

 
 閑話休題・・・


 「コンスタンティン」でのキアヌは・・

 というか、コンスタンティンという男性は、厭世的で、虚無的で、シニカルであり人間や物に対して(悪霊が憑いてない限り)何の関心も持てないという人間だが、所々ジョークを言ったり、ボソッと漏らす言葉に、シャイだけど良い奴という人間性が伺えて、そこが魅力にもなっていると思う。

 例えば・・・
 
 かつては祈祷師、今はナイトクラブの経営者を演じるジャイモン・フンスーと、地獄へ行ける椅子(?)を貸してくれ、貸さないとやりとりする場面で、彼に鳩尾に手を入れられ持ち上げられ落とされた時に、滅茶苦茶になったシャツを見て「このシャツ高いのに」と独り言を言う所とか


 レイチェル・ワイズが地獄を覗くために水風呂に浸かる時に、「全部脱いだ方がいい?」と彼女に聞かれて、一瞬考え込む所など

  

 その場の状況にそぐわない、その仕草や台詞に緊張感も吹き飛んでクスっと笑ってしまった
 

 後、これは見逃せないと(ミーハー根性丸出しだが)思ったのは、キアヌのスーツ姿。(実はキアヌ程軍服姿、スーツ姿が似合う俳優も少ないとファンの自分は思ったりする)

 
 そのような訳で、白いシャツと黒いスーツ姿の彼に惹かれた。


 それだけではなく、肺を病んでるという設定から、顔色も白く、痩せて、声や表情から醸し出されるアンニュイな雰囲気も良かったりする。

 
 不器用に見えて、どんな役もこなしている所を見ると、才能のある俳優さんである事を感じる。


 色々な役柄を演じている彼ではあるが、父親役というのはまだ無いのでは・・・

 
 年齢から行っても、女房に逃げられた(もしくは先立たれた)子持ちの父親役というのも見てみたい気がする。




AC公共広告機構のCM

   

 ↑こちらがAC公共広告機構が作ったCMです。


 今日、初めてこのCMを見て唖然としましたね。


 一々子を持つ親にCMでもって、こんな基本的な事まで教えなきゃいけない程日本という国は堕落してしまったのだろうか・・と。


 きちんと叱ろう、ちゃんと褒めよう・・・

 この言葉が、このCMのテーマになってます。


 うちの親は、特に母親の方は怒ると半端無い怒り方をする人で、子供の頃は母の機嫌が悪い日には温和しくしていたものでした。


 でも、母の代わりにお買い物をしたり、ご飯を作ったり、自発的に頑張った時には、こっちが照れるほど褒めてくれました。


 これがごく普通の親のスタンスと思って今日まで来たんです。


 自分がもし子を持つ親の立場だったとしたら、こんなCMを見て決して良い気持ちはしないでしょうし、当然の事をわざわざ流すACに文句の電話を入れるかもしれません。


 わざわざTVで教えてもらわないといけないような困った大人が親になってしまってるから、悪い子供しか育てられないとでも言いたげなCMじゃありませんか…
 
 
大事なのは、叱る事、褒める事、そのものより、
如何に上手に叱り、上手に褒めるかという事なんです。


 それが出来て初めて親なのではないだろうか・・と思うんですよ。

 
 ただ、叱ろう、褒めようと宣うCMなんて制作費の無駄でしかない。


 ACはその部分を分かってないから、こんな下らないCMを作ってしまうんですね。


静岡沖地震

先日、東海道南方沖地震についてブログを書いて、昨日これが東海大地震の前震に繋がらなければ・・と懸念してしたのですが


 つい先程、5時7分頃、静岡で6弱の地震がありました。


 私が住んでる地域でも4度の地震でしたが、今回は震源地が駿河湾、深度20㎞、マグニチュード6.6度との事で、前回の東海道南方沖地震に比べればずっと浅い場所で起こってますね。


 これから、余震も怖い所ですが、もっと怖いのは、今の地震が前震であり、これから本震が来る場合・・・


 今日一日は、くれぐれも注意しながら過ごす事が必要になりそうです。


 全く・・・昨日TV局は、酒井法子のニュースで浮かれてる場合じゃなかったのに・・・


 今回、地震が来る10秒程前にTVにて「緊急地震速報」が流れました。


 でも、そういうものに慣れていない為、ただ食い入るようにその速報を見ていただけで、そのうちに家が揺れ始めたという状態でした


 
 

騒ぎ過ぎ

 
 酒井法子が出頭してからというもの、連日ワイドショーでは酒井法子関連のニュースで埋め尽くされている


 はっきり言って、最初旦那が捕まった時に、彼女がやってた事は視聴者の大部分は気付いてたと思うんですよ。


 警察からバッグの中身を見せるように言われた途端、立ち去るなんて誰が聞いてもおかしな話じゃないですか。


 ただ、この時不思議だったのが、立ち去らせてしまった警官達。


 普通誰か付いてくんじゃないかな?(とは言え、自分自身は警察の人と話した事さえないから細かい所までは推測の域でしかありませんが・・・)

 
 もしこの時に、署の誰かが同行してたら6日間の空白期間は無かった筈だし、息子さんも早く無事が確認された筈。


 でも、それももう過去の事。(他人にとっては、どーでもいい事です。)
 

 なのに、ワイドショーは何処も彼処も「朝ズバ」までもが、この人のこれまでの人生を振り返ったり、最近の彼女の変化を指摘したり・・・


 世代が違うせいか、酒井法子という人間に対して何の感慨も持てない自分には、ワイドショーがここまで挙って取り上げる意味が分かんないんです。


 ある意味、これは隠れ蓑で、その裏でまた政治家や某団体が良からぬ事をしようとしてるのを、視聴者の目から逸らす為のネタとしか思えないんですが。


 自分にとっては、昨日起こった地震の方を取り上げて欲しかった。


 深度が深かったために、被害も無く済んだけど、これがもし次に来る大地震の余震だったとしたなら・・・


 ワイドショーも関心を持つなら、酒井法子より、昨日の地震でしょーが。


 


東海道南方沖地震

 TVを見てたらフワーっと身体が揺れた。


 貧血相当進んでるなぁ・・・と思ったら地震だった。


 東海道南方沖地震情報との事。


 TVの地震速報では、あまりにも広範囲に渡って地名が出てくるから驚いたけど・・・


 それもそのはず、深さ340km、マグニチュード6.9度だったようだ。


 これがもっと浅い場所での地震だったら、今頃都内は大変な事になってたかも。


 噂によると、8/6日に関東に大地震が来るって言われてたらしいけど、これがそうだったのかな?


 とりあえず、深い場所で起きてくれて良かった良かった
 

悲しいほどお天気

 
 明けないと思ってた梅雨が明けて、翌日から猛暑が襲い始めた。

 
 夏は最も苦手な季節だから、外にひんやりとした秋風が吹くまでは、ひたすらエアコンの中で過ごす


 仕事柄、家で過ごす時間が長いし、買い物はうちの家族が各々やってくれるからこの時期は外出も週に一回ぐらい


 でも、PCを前にしての超時間の仕事はエアコンの中と言えども、結構辛いものがある。

 
 エアコンの中で過ごしてると、ドライアイも進むし、肌の水分も気付かぬうちに奪われてる事に寝るとき気付く

 
 そんなわけで、最近は夕方に仕事を切り上げて、夜はなるべくPCに向かわないようにして、ノンビリと音楽を聴いて横になって目を閉じる時間を持つようになった


 聴くのはAORが多いけど、昨夜は先日購入した松任谷由実のSeasons Colours-春夏撰曲集
 
  

 ↑これを聴いてた。







 
 好きな曲は色々あるけど、この中の「悲しいほどお天気」を聴いてたら何故かジーンとしてしまって。


 自分が女子校だった事もあって、この曲を聴くとリンクするように光景が浮かんでくる


 あの頃から現在に至るまで、ほんの瞬きの間ぐらいしか時は経ってないような、はたまた現実に起こった事だったのか危ぶんでしまうぐらい遠い昔の事だったような気も・・


 過去にまた戻れる時が来ると信じていた若い頃


 でも、ある日、それは頭が記憶してる想い出の中だけにしか存在してない事に気付いて愕然とする。


 その途端、年を取る事に恐怖を感じる。


 夏の夕方は、時々ノスタルジックな気持ちに襲われて、その波に呑まれそうになる 
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