AX 小沢元夫人、和子さんが支援者に送った手紙1 - 徒然日記
 INDEX    RSS    ADMIN

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

小沢元夫人、和子さんが支援者に送った手紙1

 まだ強い余震がある中、お変わりございませんか。
 この度の大震災ではさぞご苦労があったと思います。ご家族・ご親族はご無事でいらっしゃったでしょうか。何のお手伝いも出来ず申し訳ありません。被害の余りの大きさに胸がつぶれる思いです。長年お世話になった方々のご不幸を知り、何も出来ない自分を情けなく思っています。
 このような未曾有の大災害にあって本来、政治家が真っ先に立ち上がらなければならない筈ですが、実は小沢は放射能が怖くて秘書と一緒に逃げ出しました。岩手で長年お世話になった方々が、一番苦しい時に見捨てて逃げ出した小沢を見て、岩手や日本の為になる人間では無いとわかり離婚致しました。お礼の手紙にこのようなことを申し上げるのは大変申し訳無くショックを受けられると思いますが、いずれお話ししなければと思っていましたので、この手紙を差し上げました。お聞き苦しいと思いますが今迄のことを申し上げます。
 
 八年前、小沢の隠し子の存在が明らかになりました。○○○○○といい、もう二十歳をすぎました。三年付き合った女性との間の子で、その人が別の人と結婚するから引き取れといわれたそうです。それで私との結婚前から付き合っていた○○○○という女性に一生毎月金銭を払う約束で養子にさせたと言う事です。小沢が言うには、この○○○○という人と結婚するつもりだったが水商売の女は選挙に向かないと反対され、誰でもいいから金のある女と結婚することにしたところが、たまたま田中角栄先生が紹介したから私と結婚したというのです。そして「どうせ、お前も地位が欲しかっただけだろう」と言い、謝る所か「お前に選挙を手伝ってもらった覚えは無い。何もしていないのにうぬぼれるな」と言われました。あげく「あいつ(○○○○)とは別れ慣れないが、お前となら別れられるからいつでも離婚してやる」とまで言われました。
 その言葉で、三十年間皆様に支えられ頑張ってきたという自負心が粉々になり、一時は自殺まで考えました。息子達に支えられ何とか現在までやってきましたが、今でも、悔しさと虚しさに心が乱れることがあります。
 お世話になった方々に申し訳無く、又、説明も出来ず、もしお会いして優しい言葉をかけて頂いたら、自分が抑えられず涙が止まらなくなるのが分かり岩手に帰れなくなりました。選挙の時には、皆さんがご苦労されているのに、どうしても「小沢をお願いします」とは言えず、申し訳なさに歯を食いしばって耐えていました。
 隠し子が分かって以来、別棟を建てて別居しています。SPさんや秘書の手前、料理や洗濯は変わらずやっていました。用事の時は、小沢は私に直接言わず、秘書が出入りしていました。
 それでも離婚しなかったのは、小沢が政治家としていざという時には、郷里と日本の為に役立つかもしれないのに、私が水を差すようなことをして良いのかという思いがあり、私自身が我慢すればと、ずっと耐えてきました。
 
 ところが三月十一日、大震災の後、小沢の行動を見て岩手、国の為になるどころか害になることがはっきりわかりました。
 三月十一日、あの大震災の中で、お世話になった方々の無事もわからず、岩手にいたら何か出来ることがあったのではと何一つ出来ない自分が情けなく仕方がありませんでした。
 そんな中、三月十六日の朝、北上出身の第一秘書の川辺が私の所へ来て、「内々の放射能の情報を得たので、先生の命令で秘書達を逃しました。私の家族も既に大阪に逃がしました」と胸を張って言うのです。あげく、「先生も逃げますので、奥さんも息子さん達もどこか逃げる所を考え下さい」と言うのです。
 福島ですら原発周辺のみの避難勧告しか出ていないのに、政治家が東京から真っ先に逃げるというのです。
私は仰天して「国会議員が真っ先に逃げてどうするの!なんですぐ岩手に帰らないのか!内々の情報があるならなぜ国民に知らせないか」と聞きました。
 川辺が言うには、岩手に行かないのは知事から来るなと言われたからで、国民に知らせないのは大混乱を起こすからだというのです。
 国民の生命を守る筈の国会議員が国民を見捨てて放射能怖さに逃げるというのです。何十年もお世話になっている地元を見捨てて逃げるというのです。
 私は激怒して「私は逃げません。政治家が真っ先に逃げ出すとは何事ですか」と怒鳴りました。川辺は慌てて男達は逃げませんと言いつくろい、小沢に報告に行きました。
 小沢は「じゃあしょうがない。食糧の備蓄はあるから、塩を買い占めるように」と言って書生に買いに行かせました。その後は家に鍵をかけて閉じこもり全く外に出なくなりました。復興法案の審議にも出ていません。女性秘書達と川辺の家族は一ヶ月余り戻って来ませんでした。2日遅れで届いた岩手日日には三月十五日国会議員六人が県庁に行き、知事と会談したとありました。
 彼らに一緒に岩手に行こうと誘われても党員資格停止処分を理由に断っていたこともわかりました。知事に止められたのではなく放射能が怖くて行かなかったのです。

関連記事
スポンサーサイト

コメント

非公開コメント

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。