AX 2013 正論12月号。西岡力氏『さらば河野談話 暴かれたずさん聞き取り調査。』 - 徒然日記
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2013 正論12月号。西岡力氏『さらば河野談話 暴かれたずさん聞き取り調査。』

 昨日、山田宏議員が国会にて石原元官房副長官に質問致しました。
 その元となった正論12月号に掲載されておりました、聞き取り調査を行った慰安婦達の証言が克明に書かれておりました。
 国会での山田宏氏と石原信雄氏のやりとりを聞くにあたり、予習的にベースとなった西岡さんの記事を載せさせて頂くことに致します。

 矛盾だらけのお粗末調査
  
 日本政府が1993年に行った「元慰安婦」16人に対する調査記録(報告書)が始めて明らかになった。
 ここに示された全容は、表現は改められているものの、私が見た報告書全文と同一である。
 その中に40円でキーセンに売られたと最初の記者会見で話した女性が含まれていた。
 1人が熊本、1人が大阪と下関、1人が大阪、3人が台湾の慰安所で働かされたと証言している。

 そもそも「軍医暗所」は戦地で軍が業者に作らせたものであり、合法的な公娼街があった日本国内や台湾には存在しなかった。
 その点に関する追及を日本政府側は全くしていない。結果として、約半数の7人は強制連行の被害者ではなく、貧困により身売りされた被害者だと直ぐ分かる。
 当時、この事実だけでも公開されていたら、慰安婦証言の信憑性に大きな疑問がかけられ、強制性を認める河野談話は出せなかったかもしれない。

 自国の名誉を守る意識なき調査

 後で詳しく見るとおり、それ以外にもおかしな事だらけで、16人の中に誰1人権力による強制連行を証明できる者はいなかった。
 予想はしていたが、それにしても余りにずさんな調査の実態を目にして、強い怒りが沸いてきた。
 調査を実施した公務員達には、自国の先人達の名誉を守るという意識が全く無く、なすべき最低限の事前準備とそれに基づく確認作業をしていない。政府はプライバシー保護のため調査を非公開にしたと言ってきたが、本当はずさんさが明らかになる事を恐れて公開できなかったのではないか。

 裏付け調査ゼロのインチキ

 まず聞き取り調査が行われていた状況を振り返っておく。
 調査は1993年7月26日から30日の5日間、ソウルの太平洋戦争犠牲者遺族会(以下、遺族会)の事務所で行われた。
 調査に応じたのは16人の「元慰安婦」だった。
 遺族会は、日本政府を相手に慰安婦や徴用者らへの戦後補償を求める裁判を起こしていた。同会の梁順任代表は朝日新聞植村隆記者の義理の母である。植村記者は、40円でキーセンに売られたと最初の会見で話していた元慰安婦金学順氏を「女子挺身隊として連行された」と大誤報して慰安婦騒動に火を付けた張本人だ。
 その金学順が16人に含まれていることが今回確認された。

 聞き取り調査には遺族会の希望で、野中邦子、福島瑞穂、両弁護士と梁順任代表が同席した。
 福島瑞穂氏によると、調査は日本政府側の謝罪から始まり、次のように進んだという。


 【一日3、4人が約三時間ずつ話している。政府側は「日本はやってはいけないことをした。真相究明のために来ました。」「つらい話を聞かせて頂き、有り難うございました」「日本政府として、誠実に対応したいと思います」などと、聞き取りの始めと終わりに必ず謝罪の気持ちを表し、誠実な対応を約束しているという。
 聞き取りでは、証言者が自由に一生懸命に話し、最後に日本側が連れて行かれた様子を中心に聞き返す】(朝日新聞93年7月29日)

 日本政府に裁判を起こしている相手に対して、まず謝罪して聞き取りをするというのだから、事実関係を真摯に明らかにしようという姿勢は見られない。
 また、こちらから疑問点を質問するのでなく、彼女らに自由に話させて、それを聞くという形だから、これは「調査」ではなく、ただ訴えを聞かされただけだと言える。


 最後に焦点である「連れて行かれた様子」を聞いたと言うが、それもただ聞いたと言うだけで、根拠や証拠を問いただしたり、矛盾点を指摘するという最低限のことをしていない。そもそも、通訳を入れて1人3時間だから、聞き取りそのものは一時間半未満と言う事であり、おざなりというほかない。

 その上、平林外政審議室長が「個々の証言を裏付ける調査は行っておりません。それの証言を得た上で、個々の裏付け調査をしたという事はございません。」(97年3月12日参議院予算委員会)と認めているとおり、裏付け調査を一切行っていない。


 見落とせない韓国「遺族会vs挺対協」の構図。

 当時の状況で見落とせないのは、韓国挺身隊問題対策協議会(挺対協)が調査に応じた元慰安婦らを非難していた事だ。
 調査が始まった26日、挺対協は聞き取りを拒否した23人の「元慰安婦」と記者会見をして「自分達が犯した罪を矮小化し、隠そうとする形式的行為に過ぎない」とする共同声明を発表して聞き取り調査に反対した。

 つまり、当時、40人の元慰安婦が運動に参加していたが、そのうち、日本政府の調査に協力したのが遺族会系の16人、それを拒否したのが挺対協系の23人だった。
 この二つの対立は、日本政府がアジア女性基金を造り「償い金」を配ろうとしたとき、受け取ろうとした元慰安婦が挺対協から「日本の金を受け取ったら売春婦になる」と激しく非難されたことに繋がっていく。
 この調査が行われた時点で、当時運動に参加していた約40人に対して韓国の学者らによる学術的な聞き取り調査が行われていた。
 安秉直(アン・ビョンジク)・ソウル大学教授(当時)をリーダーとする挺身隊研究会による調査だ。(以下、安秉直調査とする)同研究会は安秉直教授と挺対協の運動家らで構成されていた。

 なお安秉直教授は最初の聞き取り調査終了後、研究会を離れた。
 安秉直教授は「挺対協の目的が、慰安婦問題の本質を把握し、今日の慰安現象の防止に繋げることにあるのではなく、単に日本と争うことにあると悟ったからだ」(2006年12月6日韓国MBCテレビ)と研究会を離れた理由を説明している。
  
 同研究会は92年6月から約半年かけて、40数人の「元慰安婦」に対して一回数時間の面接調査を5~6回以上行い、かつ証言を裏付ける記録資料を探したという。
 安秉直教授によると「証言者が意図的に事実を歪曲していると思われるケース」に出会い、調査を中断したこともあったという。

 その結果、半分以下の19人についての証言集が93年2月に韓国で発表された。
 証言集発刊直後、韓国外交部の日本課長が訪韓した日本政府関係者に「これに全部出ています」と言って証言集を渡したという。日本語訳は93年12月に発刊されたから聞き取り調査の時点には間に合わなかったが、当時、政府は内部で翻訳をしていたはずだ。

 私でさえすぐそれを入手し熟読していた。
 
 また、日本政府を相手に戦後補償を求める裁判を起こしていた「元慰安婦」9人は訴訟に詳しく自身の経歴を書いていた。
 だから、日本政府はこの2種類の資料を聞き取り調査の前に精読し、それを前提に質問をすべきだった。
 しかし、その最低限のことさえなされていなかった。

 その事が、今回暴露された。

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 表を見て欲しい。
 日本政府聞き取りの16人のうち、安秉直調査と重なるのが1金○○、2黄錦周、4李貴粉、8金学順の4人だ。
 その4人全員が慰安婦にさせられた経緯について、安秉直調査とは異なることを話している。しかし、日本政府側はその点についての確認作業を一切していない。
 前述のように安秉直調査は40数人の中から最終的に19人の証言だけが選ばれた。19人は複数回の聞き取りと裏付け調査を経て「意図的に事実を歪曲していると思われるケース」などを除外した残りである。
 一方、当時、名乗り出て運動に加わっていた「元慰安婦」は40数人で、安秉直調査が最初に対象にした人数と一致している。
 したがって、政府聞き取りの16人のうち残り12人は安秉直調査で除外された側だったとほぼ言える。裏付け調査の過程で「意図的に事実を歪曲していると思われるケース」などとして除外された側と言う事だ。
 それであれば余計、政府調査において裏付け調査が必要だった。 
 しかし、繰り返し述べるがそれは全くなされていない。本当にずさん極まりないというほかない。
 
 個別の証言を検討する前に結論的に整理すると、16人のうち、12人については安秉直調査で信憑性が疑われて除外されたケースが全部か殆どなのに、裏付け調査が全くなされていない。
 残りの4人は安秉直調査で裏付け調査を経て最後まで残ったケースだが、その証言が4人とも安秉直調査と重大な相違があり信憑性に欠ける。
 つまり、この16人の聞き取り調査は全て信憑性に欠けると言わざるを得ない。
 それをもとに出された河野談話の信憑性も根底からくつがえるのだ。

 

 

 ここに記したのは、山田議員が国会で質問するにあたり、ベースとなった西岡力さんの記事です。(長文にて、昨日の国会での質問に該当する部分だけ抜粋して記載しました。)
 これらと照らし合わせて先日の石原信雄氏の話を聞きますと、後にこれが元で日本が世界から貶められる事態に陥る事にも気付かず、当時の宮沢内閣が国に対する責任感は皆無であり、職責を果たす気概もなく、事なかれ主義の輩で出来ていた政府である事が窺えます。 
 善意で対処すれば相手に伝わると思ったが、それが生かされていなかったなどと石原元官房副長官は答弁していますが、それは詭弁でしかありません。
 ただ争い事が面倒で、先の事も考えずにいい加減に対処しただけなのです。
 しっかり検証氏、裏付けを取る事をせずに謝罪したツケがこの現状なのです。
 国会に出て来た事は、これから参考人招致を予定している河野洋平氏、谷野作太郎氏へと続いていく切っ掛けになるかもしれませんが、余り実のある答弁ではなかった事は残念至極です。

 

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