AX 政治 - 徒然日記
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西尾幹二氏。アメリカよ、恥を知れ。外国特派員協会での質疑応答

 一九三三年から一九四五年の間に、日本政府は戦争犯罪を起こしたとお考えでしょうか。あるいは、何も起こしていないとお考えでしょうか?

 西尾氏「各国並みの一般の戦争犯罪は起こしたかもしれませんが、慰安婦問題については戦争犯罪を起こしていないと私は思います。河野談話の中に『一定の強制があった』ということが書き込まれているわけですが(註・正確な表現は官憲などが直接これに荷担した。)その文章を作成した官僚を問い詰めた結果、その官僚は、それはオランダの事件を語ったものであって、韓国の事件を語ったものではないという弁明をしました。
 オランダの事件というのは、インドネシアにいたオランダ人女性が強制的に売春を強いられたという事件です。これは戦争中に処刑されてその慰安所は閉鎖されています。
 という事は、軍がそのようなことをしてはならないと言うことをむしろ表明しているわけです。しかも、戦争が終わってからBC級戦犯として、その日本兵は死刑になっている。問題はそのような形で解決しているわけです。その問題を日本の官僚が頭に置いて一定の強制性があったという言葉を河野談話の中に入れた。これは誤解を招きます。
 官僚というのはずるいので、どちらから言われても文句が出ないように(註・すでに謝った宮沢首相もおかしいと言われないように)するために、強制はあったと言って、一面で強制はなかったかのような、そこを明確にしないでおいたらと言うところが、日本の官僚の悪質かつ国を滅ぼす危ない所です。
 まず、兵士の性病を防止する。軍事力の低下を防ぐためです。
 第一次世界大戦時のドイツはこれで失敗しています。自分達の軍を病気から守ると言う事が挙げられます。
 
 第二に、一般市民の女性の貞操を守る。
 そのために、売春を商売とする一定の女性を対象とした慰安施設を軍が管理する。これは世界各国が行っていることです。
 今でもあらゆる国で行っていることです。これを犯罪だとするならば日本も犯罪を犯したことになりますが、これを犯罪ではないとするならば日本も犯罪を犯した事にはなりません。そのようなことはどこの国でもやっていることだと言う事を申し上げているわけであって、それを持って賠償だの謝罪だのと言うのは腹を抱えるほどおかしな話です。

 
騙されてきた日本政府


 地球上に軍隊が作られて以降、中世の軍隊、十字軍にも、近世の軍隊、傭兵にもこのようなことは常にあった話です。
 それが何故近年、大きな話題になったかという背景を申し上げますと、日本と韓国の間は特殊な関係になっているのです。日本側が謝罪すれば終わりにするよ、と言う関係です。
 たとえば盧泰愚大統領も、謝ってくれればこの問題は終わりにする、と日本政府に言いました。
 日本はそのようにして騙されてきたわけです。
 同じ騙しが常に繰り返されてきたのが日韓関係の構造です。日本は愚かにも、ずるずるとドロ沼に嵌ったのです。
 この会場には西洋の方が沢山おられますが、アジア人はエモーショナルなんです。謝ればお互い水に流そうよ、と言う非政治的、非論理的な悪い癖が日本人にはあります。
 相手に謝ればそれで全て問題は解決する、というふうに甘く思い込んでしまった。ところが、そうはならなかったというのが、この事件の全てなのです。
 一九八二年までは、韓国からはいかなる声も上がっていなかったのです。
 八二年に歴史教科書問題が発生して中国が揺さぶりをかけ、政治と歴史を結びつけて日本を懲らしめることが出来ると言う事を見て、八三年に全斗煥大統領が俄に歴史を持ちだして日本を強請り、日本から援助をもぎ取るという手口を覚えたわけです。
 そこへもってきて、吉田清治という詐話師、偽物を語る男が登場して、それを朝日新聞が煽り立てて問題を複雑化した。
 日本はどうにも仕方がなくなり、謝れば上手く解決しますよ、と言う韓国政府の意見に合わせて、日本は一方的に謝るというスタイルを取った。それが河野談話です。


 日本は、日本国内から日本の女性を連れて戦地まで行って慰安所を作っていた。現地の女性に人権の問題が起こらないようにそのような行動を取った。日本はむしろ人権に対して、他の国の軍隊よりきわめて配慮していたと考えられるのですが、如何でしょうか。

 西尾氏「たしかに、ドイツは現地調達でした。ドイツ人女性を全戦へ連れて行くケースはなかったようです。ルーマニアなど、現地で調達した。指名された女性は二つに一つの道しかなかった。すなわち現地の、つまりルーマニアの慰安所に勤務するか、さもなくば東部戦線に駆り出されるか、その二つに一つの選択しかないので、多くの人は慰安所に入ったという記録が残っています。
 ドイツの女性が出かけていくことがないと言う事は、ナチスにとっては困った問題でした。なぜなら、ナチスは血を大事にしますから、ゲルマン人以外の血と混じることは許し難いことであったという論争も巻き起こっていました。これを見ても、ドイツは現地調達だったことが分かります。(「質疑応答と意見陳述」終了)


 慰安婦問題は、日本の国内では論争終了で片がついているのに、今まで世界にきちんと発信がなされないできた。
 中韓には何を言ってもダメだが、アメリカやヨーロッパその他に事件の真相、日本の主張が届いていないのは、ひとえに外務省の責任である。それで日本政府は追い込まれている。官僚の卑屈と怠惰が政治の危機を招いている。
 
 われわれ言論人は、この件では無力であることを思い知らされてきた。日本人有志がアメリカの新聞に意見広告を出すような試みもなされてきたが、かえって無力感をきわだたせた。公的立場を持つ政治家や官僚が言うべき事を言わないからである。安倍首相も、最近ではアメリカに威嚇され、腰が引けているように見える。

 私のこの小さな発言が、反撃の発火点になって欲しいという思いは私だけでなく、ネット言論のアチコチに見出された。しかしまた例によって、マスメディアが口裏を合わせて、無かった事にするのかもしれない。

 日本で一番日本をダメにするのはマスメディアである。

 私が慰安婦問題で国内の論争に参加したのは一九九七年の事であった。
 フランツ・ザイドラーの『売春・同性愛・自己毀損ードイツ衛生指導の諸問題一九三九~一九四五』(クルト・フォヴィンケル出版社)という一九七七年刊の本を参考に供し、『諸君!』(一九九七年一月号)に「慰安婦問題の国際的不公平ードイツの倣岸、日本の脳天気」を書いたのは、数少ない論争参加の足跡である。この論文は単行本『歴史を裁く愚かさ』(PHP研究所)に収められている。
 最近の慰安婦情報に関しては、松木國俊氏から、また文中に示したように西岡力氏の論文から学ばせて頂いた知見も含まれている。
 
 文中に三浦朱門氏の文章からの引用があるが、原文は告発調ではなく、次の如くユーモラスに語られている。
 『事件のほとんどはヤミからヤミに葬られたが、私は一つだけ未遂事件を知っている。デザイナーの花森安治氏は常識へのレジスタンスもあって、スカートをはき、長髪にしていたが、エビス駅の近くで外人兵士に襲われた。「奴の顔を見て兵隊め、ビックリ仰天、ワァーと行って逃げていったんだと」・・・私は笑い転げた覚えがある』
 街中いたるところで狼藉が行われていた証言でもあるが、三浦氏は上手に作家らしく、ユーモアに包んで報告している。




西尾幹二氏。WiLL6月号。アメリカよ、恥を知れ。外国特派員協会にて

外国特派員協会で慰安婦問題を語る。

アメリカよ、恥を知れ

 2013年4月4日に、日本外国特派員協会で次の如き意見陳述を行った。
 外国メディア向きの昼食付き記者会見である。
 送られて来たペーパーには、「安倍総理大臣が河野談話の見直しの必要性について言及をしましたが、日本政府が今後どのように従軍慰安婦問題を含む歴史問題に取り組み、アジアの近隣諸国と向き合うべきなのか」と書かれてあった。
 従軍慰安婦問題は韓国タームと思われていたが、近年、アメリカ議会が相次いで対日非難決議をするので局面が大きく変わった。日本外交の壁をなしているのは、今やアメリカである。(中略)
 
意見陳述

 米国合衆国は二〇〇七年七月三十日、下院において慰安婦問題決議を行い、この事件を
 『日本政府による軍隊向強制売春「慰安婦」システムは、その残忍さと規模において前例を見る事の無い、結果において四肢切断、死亡または自殺まで引き起こした強姦、強制中絶、侮辱のシステムであり、二十世紀における最大の人身売買事例の1つである』と規定し、今年に入ってニューヨーク州議会上院、ニュージャージー州議会下院において同様の議決を行った事は、許し難い誹謗で、憂慮に耐えません。
 「慰安婦」という人達は当時いました。
 世界には貧困のために、あるいは他の理由で、不幸にして自分の性を売らなければならなかった人達はいました。
 しかし日本が国家としての権力を使って強制的に女性達に性を売らせたという事実はありません。
 ましてや二十万人に近い若い女性が拉致され、トラックに積まれてセンチに運ばれたなどという事実は荒唐無稽で、どこを探しても証拠は出てこないのです。
 もし当時の朝鮮でそういう事が起これば、当然暴動が起きたでしょう。
 当時の朝鮮の警察官の八割までが朝鮮人でした。
 最初のウソが積み重なって、日本政府の弁解のまずさもあり、誤解の輪を広げました。どのようにしてウソが始まり、全体がどのような経過を辿ったかは、後ほど質問があれば時間の許す限りお話しします。アメリカ議会はこの事をしっかり再調査し、各決議を撤回して頂きたい。
 そもそもアメリカに、あるいは世界各国に、戦争と性の問題で日本を非難する資格はありません。
 元都立大教授、東洋大学長の磯村英一氏は、敗戦のとき渋谷区長をしていて、米軍司令部(GHQ)の将校から呼ばれて占領軍の兵士のために女性を集めろと命令され、レクリエーション・センターと名付けられた施設を作らされました。
 市民の中には食べ物も少なく、チョコレート一枚で身体を売るような話も広がっていた時代です。
 磯村氏は慰安婦問題が国際的話題になるにつれ辛くて、自国の女性を米軍兵士に自由にされる環境に追いやった恥を告白せずにはいられない、と懺悔しています。
(「産経新聞」一九九四年九月十七日)


 
米軍に謝罪と賠償を要求

 穏健な良識派で知られる日本芸術院長の三浦朱門氏は、次のように記しています。
 「また軍隊と性という問題としてなら、戦後の米軍が憲兵と日本の警察を動員して、一定街路を封鎖して全ての女性の性病検診を行った事、その際、娼婦でない女性がまきこまれたことも書いて欲しい。レイプもあった。事件のほとんどはヤミからヤミに葬られた・・・」(「産経新聞」一九九六年八月二日)
 パンパンとかオンリーという名で呼ばれた「日本人慰安婦」が、派手な衣装と化粧で米国兵にぶら下がって歩いていた風俗は、つい昨日の光景として、少年時代の私の目に焼き付いています。良いですか、これは米軍による日本人慰安婦なのですよ。米軍によるこの日本人慰安婦の数は、およそ二十万人いました。
 『りべらる』という雑誌には、若い女性が特殊慰安婦施設に連れて行かれて初めての日に処女を破られ、日々最低、十五人からの戦場から北米国兵の相手をさせられ、腰をぬかし、別人のようになった様が手記として残っています。
 「どこの部屋からも、叫び声と笑い声と、女達の嗚咽が聞こえて来ました」
 「二、三ヶ月の間に病気になったり、気がちがったりしました」
 「これは何年にもわたって、日本全土に渡って行われた事の縮図だったのです。」
 これは戦争が終わって九年目の記事です。
 日本をいま告発するアメリカ議会、キリスト教団体などに、貴方達の父や兄が何をしていたかを知り、恥を知れと言いたい。
 
 日本政府は、米国に謝罪と賠償を要求するべきです。
 もしそれが出来ない、政府にそのつもりがないというのであれば、日本も慰安婦問題について、いかなる謝罪も賠償もすべきではありません。国際関係は何よりも、相互性と公平公正を原則とします。
 アメリカは日米戦争において自国の正義を守る為に、日本を残虐非道の国であったとしておきたい。さもないと、原爆や東京大空襲をした歴史上の犯罪を正当化することが出来ないのでありましょう。

  
日本兵士の武士道

 二〇〇七年以後の幾つもの米議会の慰安婦決議は、いままで親米的であった日本人、戦後アメリカの反共政策に協力してきた日本の保守層(たとえば私もその一人ですが)を苦しめ、苛立たせています。
 今後、この問題をアメリカが謙虚になって取り下げなければ、無実の罪を負わされて傷つけられた日本人の感情は内攻化し、鬱屈し、反米的方向へ走り出す可能性があります。
 一番いけないのは、日本をホロコーストと犯したナチスの国・ドイツと同列に並べて裁こうとするあまり、慰安婦問題を針小棒大に描き出すことです。(中略)
 日本の戦争をドイツの戦争と同じように捉え、ホロコーストもしていない日本をドイツと同じように扱うために慰安婦問題を大げさに言い立てるのは、あまりにバカげています。
 韓国はベトナム戦争に参戦し、七千人ー二万人の私生児を残してきています。
 最後に1つのエピソードを申し上げて終わりとします。
 中国雲南省の最前線で米軍に追い詰められた在る日本部隊は、体内にいた朝鮮人慰安婦を、お前達は生きて帰れと米軍側に引き渡し、日本人慰安婦は米兵と共に玉砕した、と言う事件もあります。
 日本の兵士達は武士道を持って戦ったのです。

 

 外国特派員協会での質疑応答は次に回します。

バク・クネ日本叩き訪米の土産はセクハラ報道官の因果応報

 テレビでは全く報道されない朴槿惠大統領の訪米での醜聞です。
 

 「日本は正しい歴史認識を持つべきだ」
 七日、訪米した韓国の朴槿惠大統領はオバマ米国大統領との首脳会談で何の関係も無い日本の話題を唐突に持ち出した。
 翌日の米議会演説では、日本を名指しはしなかったものの「過去に目を向けないものは未来を見ることは出来ない」と再度日本を批判。
 場違いも甚だしい迷言を残している。
 朴大統領率いる"訪米後一行様"は、国際社会にハレーションを起こしている。

 
 大統領に倣ったのか、韓国メディアもトンチンカンだ。
 米国政府の定例会見では、韓国の女性記者がヴェントレル副報道官代理に、「安倍首相の九十六条改正案を米国は支持するか」と詰問。
 「日本の憲法のことについては日本の方に聞いて下さい。」と、あしらわれるも、なんとかアメリカの"言質"を取りたい下心とKY気質をモロ出しにして、その後2度にわたって愚問を繰り返した。
 結果。「もう一度言うが、日本の内政問題は日本の方に聞いて下さい。はい次!」ヴェントレル氏をキレさせる結果に終わるのだが。
 極め付きは大統領に同行していた尹昶重元報道官(ユンチャンジュン)
 在ワシントン韓国大使館の女性実習生の尻を触るなどのセクハラ行為で現地警察に通報され、報道官の食を即刻解任されたのだ。

 そのうえ、尹元報道官は「腰を一回突いただけ」「米国文化を理解していなかった」と意味不明な釈明をした。
 これには「韓国では女性の尻を触るのは当然と思われる」と韓国メディアも反発。
 「国家の品格に泥を塗った」と噛みついた。(当たり前か)
 その後も、「実はニューヨークでも触っていた」疑惑に留まらず。
 「ホテルの自室に実習生を呼びつけ、自分が全裸の状態でも触っていた」疑惑も報じられる始末。
 さらには、「アメリカ当局の操作の手を逃れる為に大統領府が尹元報道官の帰国を手助けした」という姑息な疑惑も浮上し、朴大統領の責任問題にまで騒ぎは拡大しつつある。

 筋違い、場違いの日本批判に加えて、"セクハラ報道官"というろくでもない手土産まで持って来られて、オバマ大統領も困惑しきりだったとは思うが、この背景には(尻問題はともかく)朴大統領の微妙な対日姿勢があるという。
 「朴大統領の本音としては李明博前大統領の竹島上陸で悪化した日韓関係を修復したい。円安で韓国経済は下り坂一方のため、日本の経済協力は不可欠なのです。ところがいま、メディアを含め反日感情は圧倒的。もともと朴大統領の父親の朴正煕が日本の庇護の元に『漢江の奇跡』を起こした親日派ですから、ここで日本に対して甘い顔をしていたら、政権はとても持たない。そこでやむにやまれず、日本はアメリカに弱いというイメージを利用して、対日強硬姿勢を打ち出しているわけです。」(コリアン・レポート辺真一編集長)

 それは北朝鮮対策でも現れていた。
 会見でオバマ大統領が「日米韓」の連携を重要視したのに対し、朴大統領は、「中国、ロシアは北朝鮮に大きな影響力を持つ」と、六ヶ国協議のメンバーのなかで、日本にだけ触れなかったのだ。何の為の「日本外し」なのか。
 「朴大統領は北朝鮮政策として、早急な六ヶ国協議再開は無理だと考えている。それより、七月二十七日の朝鮮戦争休戦六十周年に向けて、米国、中国、韓国、北朝鮮の四者会談で平和協定と北朝鮮の非核化を切り開けないかと考えてる」(韓国ジャーナリスト)
 だがこれもそもそも無理筋な話だという。
 前出の辺氏が解説する。
 「北朝鮮の非核化、平和協定は日本を含めた六ヶ国協議でないと"手形"が落ちないと言う事が05年9月の共同声明で定められています。そもそも安全保障体制の中には、日本との国交正常化も含まれています。結局日本の協力無しには進まないと言う事です。朴大統領は大きな思い違いをしているとしか思えない。報道では、いかにも日本が『バスに乗り遅れた』という論調が多いですが、日本は高見の見物を決め込めばいいのです。
 この外遊で報道官のセクハラでアメリカと自国内に嵐をもたらし、二国間問題を第三国で訴えるという非礼で、国際的な非難を浴びた朴政権。
 次は訪中を画策中だが、今度は何をやらかすか。


 こちらは、昨日発売になった週刊文春からの記事ですが、TVタックルにしても、各局の報道にしても、朴大統領の米国訪問に対して日本のメディアは褒めこそすれ、唯一醜聞として伝えたのは尹昶重元報道官のセクハラ事件のみ。
 でも、この本では実は韓国メディアの失態や、朴大統領が非常識にも米韓の首脳会談の場所で日本をわざわざ持ち出すという常識外れな言動をしているわけでした。
 連日、日本のメディアは朴大統領とオバマの会談を良好なものと報道した上で、コメンテーターやジャーナリスト達が、それに引き替え安倍首相は‥みたいな事をほざいてくれてますが、実際はこんな感じで、非常に恥ずかしい韓国大統領の米国訪問だったわけです。
 日本のメディアは朝から晩までウソを垂れ流し、日本を貶め、日本人を洗脳する事だけを考えて生きている日本人のマインドを持たない人種で作られているのです。

民主党『大反省会』 田崎氏、伊藤敦夫氏、ひるおびが辛口検証。

 民主党『大反省会』。
 今日のひるおびからの書き起こしです。

 恵「大反省会。逃げられない夜。この前の土曜日です。一体どんな夜だったんでしょうか。」

 至上初と報じられた現職総理の野外コンサート。
 飛び入り参加した安倍総理は歌い終えると。
 
 
 安倍総理が笑顔を見せたこの日に、民主党が行ったのは
    『大反省会』でした。
 
 この会には30歳以下の若者、およそ600人が参加しました。
 会場の参加者は携帯電話などから匿名で質問や意見などを投稿し、民主党政権当時幹部となっていた3人が応える形で進行されていきます。

 逃げられないよると銘打たれたこの反省会。
 最初のテーマは2009年の衆議院選挙で掲げたマニフェストの多くが実現出来なかった理由についてです。


 長妻氏「非常にオーバートークが積み重なって、それがマニフェストになったと。結果として大風呂敷を広げることになってしまった。

 菅元総理は反省の一つに

 「内閣と党の連携が上手く行かなかった。」と語り、その原因として小沢一郎氏の存在を挙げました。


 菅氏「小沢さんっていうのは、自分の権力が一番最大限の状態を維持したい人。これほどひどいとは思わなかったですね。」

 また3年前の参議院選挙で現職の閣僚が落選するなど、選挙前に比べ10議席を失ったことについては。


 枝野氏「菅さんに対しては(前回の参院選の)あそこで"あの消費税の打ち出し方はないよ"とね、当時も指摘したし(笑)」


 菅氏「やっぱり未熟というか、ホントに多くの仲間を失うような結果になりましたし、まずかったと思ってます。」

 司会「もう一回総理大臣をなったとしたら、あの時はこう動いてたなとか。」


 菅氏「もう一回やるとしたら、総理大臣はやりたくないですね(笑)」

 この反省会はこの夏に行われる参院選での民主党の攻勢に繋がるのでしょうか。

 菅氏「まあそれは皆さんの評価ですよ。ですからそれは当事者が色んな努力をして、自分達がやってることについてですね、過去のことであろうが、現在のことであろうがきちんと伝えると言う事。」

 この反省会に自民党・石破幹事長は

 石破氏「なんで今頃やるんだろうね、もう五月だよね。"遅くなったことから反省して下さい"という感じを民主党の支持者の方はお持ちになるのかもしれませんね。」

 今日のひるとくでは政権の座から滑り落ちた後の政党を分析。
 辿った道から見えてくる苦労と、復活のヒントに迫ります。

 恵氏「先週の土曜日ですね。逃げられない夜。とことん話し合ってみたい。ここですよ。何がそんなにダメだったのか?そして何が難しかったのか?」

 恵氏「それは何処が企画したかと言いますと。」
 恵氏「これ民主党の青年委員会という所ですね。若い視点で話し合うために30歳以下に限定しましたと。で、インターネットで生中継してるという事ですね。で、会場のみに携帯電話などで受付と。匿名だから色々思い切った事が聞けると。これ伊藤さんね。民主党のことが話題になるというのが一つ。久しぶりですね。」


 伊藤氏「まああの、そのこと自体は成功だったと思うんですけど、久しぶりにKYと言う言葉を思い出しましたよね。(場内から忍び笑いが)

 恵氏「KY。空気が読めない。」

 伊藤氏「ええ。何かこの今のパンフレット見てても、意気込みは分かるんですけど、それと中身の落差があまりにも激しいんで、一般の方がどういう目で民主党を見てるのかっていう所が民主党自身がほとんど読めてないのかな?と。そんな感じもしますし、もしホントに反省会やるんであれば、実は海江田さんが代表になる前、つまり総選挙を惨敗した直後にですね、何故負けたのか?何故国民の期待に応えられなかったのか?それを3日でも4日でも徹夜でですね、全員で議論をして、じゃあこういう方向に行こうって言うのを決めて、新しい執行部を選べばいいのに。そういう事を全くせずに新執行部に移行して、今頃これやるってっていうのは何なのかな?と。」

 恵氏「そうですよね。確かに。新しい執行部を立ち上げる前に反省しとかなきゃいけないわけですもんね。確かにそうだよなぁ。田崎さん、如何ですか?」


 田崎氏「反省してない反省会。そういう意味じゃ、話題を提供した。TV番組でも取り上げられることをやった。それだけの意味はありましたよね。それしかなかった。」

 恵氏「そうですか。サラッと辛口ですね。(場内爆笑)それしかなかった。(笑)そうですか。尾木先生如何ですか。大反省会ってタイトルはね、総括してくれるのかと思いますよ。」


 尾木先生「若者の声を取り上げてね、聞こうっていうのは悪くはないと思うんです。でもね、何か生産的っていうのかしら。前へ進んでいくっていう感じは全くしなくて、昔話をしてるみたいなね、長老の方が。それでいいのかな?と。(笑)なんか凄く心配。」

 恵氏「そうですか。」
 
 安東アナ「民主党の公開代反省会。参加者は『政権担当者の声を実際に聞けるのは新鮮』『元総理の言い訳を生で聞いてみたい。』最初から言い訳という目線なんですね。この方はね。では言い訳と言われた大反省会の主な発言を見てみましょう。」

 震災・原発事故対応について。
 菅氏「震災が起きた時、政治休戦するのが普通の判断だが、衆院解散するのが自民のスタンスだった。」
(連立を持ちかけたと。ただ自民党にそれを断られたと言う事で、いわば自民党が協力してくれなかったというニュアンス。)

 枝野氏「危機管理の時に私や菅さんに情報が来ない。(官僚に)ウソをつかれた。」
(スピーディ放射性物質警報装置の情報も当時すぐに来なかった。官僚に足を引っ張られた。)

 恵氏「二つのコメント聞いてるとさ。反省と言うよりは愚痴に聞こえて来るんだけど。」(場内失笑)


 八代氏「もしくは責任転嫁」

 伊藤氏「たとえば菅さんのその発言見てても、大連立の話ですけど。菅さん、どういう形で大連立を自民党に要請したかというとですね。電話一本でやってるんですよ。これ政治の世界、他の世界でもそうでしょうけど、たとえば企業が合併するときにですね、相手の社長に電話一本で合併しようよって言いますか?極めて非常識な話で、その後谷垣さんの周辺の方と話をしたら、もしあの時、菅さんが直接自民党本部に乗り込んできて連立を要請したら受けてたかもしれないって言ってましたね。総理官邸と自民党の本部って車で3分なんですよ。そういう電話一本で持ちかけて、谷垣さんが逡巡した途端に、じゃあいいよって切っちゃったわけですね。菅さんが。それが結果的に連立を組めなかった理由で、むしろ菅さんの方に責任がある。

 恵氏「はぁ。この反省会に伊藤さんが出なきゃいけなかったんですね。」

 田崎氏「とにかく人のせいにするんですね。官僚のせいにする。自民党のせいにする。で、官僚のせいにするのは、民主党政権見ていてつくづく分かったのは、政治は人を動かす事なんですね。官僚を動かし、他の政治家を動かし、出来なかった事を全部相手のせいにするんですね。だから枝野さんやその他の人の発言、菅さんもそうですけども。だから本当の意味で反省は全くされてないって事ですよね。」

 恵氏「そっかぁ。そう思っちゃうな、ホントに。」

 安東アナ「まあ確かに官僚との人間関係を逆に言うと作れなかったと言っているようなものも聞こえて来るんですよね。」

 恵氏「最初政治主導とか言っちゃったから、こっちがリードするって事が前面に出すぎたのかもしれませんけど。」

 伊藤氏「政治主導の履き違えなんですね。官僚と対決することが政治主導だと思ってますから、そこが両者の間の関係をおかしくしてしまった原因です。」

 恵氏「目的に向かって上手く分担してやり合うことですよね。仕事をね、請け負うことですものね。」

 安東アナ「そして何と言ってもマニフェストです。」

 恵氏「これは人のせいに出来ないでしょう。さすがに。」

 マニフェストについて
 枝野氏「野党の抵抗に遭いながら法案を通すのは相当の工作が必要だ。国会でのプロセスが十分に検討できていなかった。」

 安東アナ「野党に駄々をこねられてしまったという意味にも取れますね。」

 長妻氏「結果として大風呂敷になった。官僚が最後まで理解してくれない政策も多々あった。」

 恵氏「あれあれ?」

 安東アナ「前半はちょっと反省っぽい感じはなくもないんですけど、やはりこの官僚がっていう言葉が出て来てしまってますよね。」

 伊藤氏「田崎さんが仰った様に本来の政治主導っていうのは、官僚を上手く使うというのが本来の政治主導なんですよね。そこを全然履き違えてしまって、官僚と対決する、あるいは官僚を押さえ込むことばっかりやってたから、官僚も人間ですから積極的に協力しようとはならないですよね。言われた事だけやってればいいやって話になっちゃったんじゃないですかね。」

 田崎氏「僕もね、そのうちの一人に申し上げたことがあるんですけど、あなた方が官僚を信用、信頼しなければ、官僚の方はあなたを信用、信頼しませんよという事を申し上げたんですよね。だから最初から敵対視した中での関係がずーっと続いた。官僚の人達も人間ですから、信用してくれてる、頼りにされてるとなれば一生懸命やるわけですよ。それをやれなかった弱さだと思いますよ。」

 恵氏「またこういう表現だと誤解を受けるかもしれませんが、いわゆる乗せ方の上手さといいますかね。乗せていって、上手いこと、要するに自分達が描いた絵。無駄を省いてって言った訳じゃないですか。何兆円も出てくるって言ったわけでしょ?出てこなかったわけですものね。結局は。」

 伊藤氏「16兆8千億出て来るって言ってたんですが、実際は出てこなかった。だから野党の抵抗云々とは関係無いんですよ。それはまさに長妻さんが最初仰ったように、ちょっと大風呂敷を広げすぎた。その風呂敷作ったのは実は小沢一郎さんなんですけどね。」

 恵氏「ああ‥。その小沢一郎さんの話も出る?」

 安東アナ「現生活の党小沢一郎さんについて。当時の民主党ですね。」

 長妻氏「私とはちょっと感覚が違う政治家。」

 恵氏「これ今だから言える話だよね。(笑)」

 枝野氏「とにかく分からない人。」

 菅氏「自分の権限が最大限の状態を維持したい人。」

 安東アナ「まあ一貫して批判してるんですけど、ただその言葉も曖昧ではありますよね。そして菅さん、『もう一度総理大臣やるとしたら』」

 菅氏「総理はやりたくない。ただそうは言っても、民間人の力を生かす内閣を最初から作る。次のチャンスがあるなら人選しておきます。」
 (場内から忍び笑い)

 田崎氏「次のチャンス無いですよ。」

 安東アナ「バッサリ行きましたね。」(場内爆笑)

 恵氏「今日は何か凄いですね。」

 安東アナ「大反省会を終えて、菅さん。反転攻勢の切っ掛けになりましたか?と聞かれて」

 菅氏「それは皆さんの評価次第だ。」

 安東アナ「それはそうかもしれません。そして参加した人の反応は。『大反省会と言うよりも小反省会だったので、反省を生かして頂けたら』『言い訳が多かったと思う。もうちょっと踏み込んだ発言をしても良かったんじゃないか。』

 一夜明けた新聞報道。

 読売新聞「民主反省会。目立つ弁解。」

 産経新聞「反省無き大反省会。民主失笑ライブ」


 恵氏「これどういう反省会やってれば良かったんですかね。伊藤さん。小沢さんの話も出て来たりしてるわけじゃないですか。」

 伊藤氏「政権から降りた直後にですね。徹底的に議論して、さて何が問題だったのかな?と反省をして学習をして、これは尾木先生の専門だと思うんですけど、反省、学習、実践なんですよね。だから反省もしてなかったら学習もしてない。今頃まだ反省してるわけですから。やっぱり徹底的な反省っていうのは一体何処に原因があったのかは、もっとやるべきだし、僕が最初から指摘してたのは民主党って政党の生い立ちに問題があるんですよ。選挙互助会なんです。元々。選挙の為に出来た政党なんで考え方がバラバラだったんですね。そこを徹底的に議論すべきだって事は随分言ったんですけど、全然やってこなくて、土曜日ですか?野田さんプロレス行ってるんですよね。それ見ただけでも民主党の中がバラバラだなと言うのはまた改めて分かったじゃないですか。」

 恵氏「常に何かを決める時でも集まって集まって集まって多数決取るのかと思えば取らないわけですものね。で、決めてないのに決まっていくというね。反省という言葉がありましたけど、反省って何なのかって調べてみたんですけど。反省ってね、やっぱり必要な事なんですよね。『自分の行いを省みること。自分の過去の行動について考察し、批判的な評価を加えること』これが反省なんですね。自民党がねぇとか官僚がねぇじゃないと。尾木先生。」

 尾木氏「僕ら教育の流儀で言えば自分の問題なんですよ。相手の問題にしたら何も深まらないし、見えないのね。相手がどんな状況であっても自分は何が足りなかったのか何故そう追いやってしまったのかってとこへ入っていかないと。それが掴めたら、今度はこういう実践をしますよっていうのを打ち出してくれないと、それが全く一つも出てないわけですから。これは反省にならないわね(笑)やっぱり。弁解と愚痴の。」

 恵氏「やっぱそういう成り立ちで選挙互助会的なって伊藤さん仰いましたけど、だとしたらそういうメンバーで何かを決めてかなきゃいけないわけでしょう。八代さん。そのやり方がこれじゃなかったとかはね。」

 八代氏「そうですね。その反省をするって言うのは反省の先に期待が見えてくるかどうかが大きい所だと思うんですけど、少なくとも期待は見えてこない。それから各トピックによって受け止める温度も違うと思うんですけど、たとえば震災と事故の対応について、菅さんが歯を見せて笑いながら事の説明するっていうのは不謹慎だって違和感感じる人は非常に多いと思うんですね。で、それをやはり連立が出来なかったって言うのが菅さんの口からそれだけしか出てこないっていうのは落胆の方が大きいですよね。」

 恵氏「出来てたらどうにかなってたのかって話になりますよね。」

 八代氏「少しでも被害を小さく留められたんじゃないかって所を聞きたいわけですから、反省の中から。」

 三雲氏「きちんと、やっぱりちゃんと能力がなかったと言う事を自分達で認めてお詫びするぐらいのことをけじめとして出して欲しかったという気はしますよね。」

 伊藤氏「ああいうメールでやるのはおかしいんですよ。菅さんがたとえばそういう発言をしたときに、即座に反応をね、一般の方がしていれば、もっと議論が深まったと思いますけど、一方通行ですからね、これは。」

 恵氏「やっぱ、この反省会に伊藤さんと田崎さん行った方が良かったんじゃないですか」
 (場内爆笑)
 伊藤氏「入れてくれません。年齢もダメだし、30歳以下ですから。」

 恵氏「あー、そうですか。(コメンテーター陣を眺めて)ここ全員駄目ですね(笑)」
 
 八代氏「近い将来の復活を捨ててるのかな?っていう風に見えちゃいますよね。」

 恵氏「むしろね。」

 八代氏「むしろ。」

 恵氏「だから伊藤さんがオープニングで仰った注目されるだけで一つ良い。田崎さんも仰ったけど。でもその次には必ず何を反省したの?って話になるわけじゃないですか。そーするとトータルで行くとプラスかマイナスかっていうのは微妙ですね。これ。新聞各紙の手厳しい論評もありますけど。」

 田崎氏「6年前に安倍さんが辞められましたよね。ああいう形で、その時の話を聞きましたら、一年ぐらい放心状態。何を聞いても駄目だったっていう状況だったんですよ。それに比べたら、もう数ヶ月でああいう具合で表舞台で色々言われるっていうのは、どうかなぁ?とおもいますよね。本当はね、もう語れないぐらいの辛さを味わってて当然なんですね。しかしながら民主党の人に聞くと、民主党の中で一番元気なのが菅さんだって言うんですよ。何故あの人あんなに元気なんだろうって。」

 恵氏「何なんですかね、それは。」

 田崎氏「だからあんまり深く反省されてないんじゃないか、自分の責任だと思われてないんじゃないかと、いう想像ができるんですね。」

 伊藤氏「人間の性格を二つに分けると、自罰的と他罰的あると思うんですけど、多分菅さん後者なんですよね。」

 恵氏「終わった後のぶら下がりあったじゃないですか。あの時菅さんが笑顔で『いやぁ、久しぶりだなぁ。このぶら下がり』って。あれが僕凄く印象的で。要するにそういう事はもう非常にビビッとに反応されるわけですよね。注目されてるんだ今っていう。そこなんでしょうね。」

 いつもは安倍総理に対し辛口の伊藤敦夫氏ですが、同じ辛口意見(以上に酷い叩き方でしたが)もこの時は何故か楽しそうに菅政権の3人を評価しておりました。
  田崎さんが断言されてましたが、民主党に『次はありません』から、伸び伸びと皆さん叩く事が出来たのかもしれませんが、もう一つ、民主党は幾ら叩かれても、恥をかいても、人の命を危険にさらしても、我が身が無事なら後は野となれ山となれ的な人が集まってる集団ですので、ジャーナリストやコメンテーターの皆さんも遠慮せずに辛口トークが出来ていたのかもしれません。(穿ちすぎでしょうか。)
 

 

百田尚樹氏、渡部昇一氏。憲法改正で強い日本を取り戻せ

最近、マスコミが憲法改正に関するネガティブな報道を一斉に始めました。
 テレ朝の『そもそも総研』では小林よしのり氏、一水会の鈴木邦夫氏を引っ張り出してインタビュー。
 彼らは中国や朝鮮の脅威、在日に悪用されているこの国の現状など微塵も知らないのか(そんなわけ無いでしょうが)、まるで昭和初期に生きている日本人のような話ばかりしておりまして、如何にこの時期に憲法改正をする事が危険かみたいな、改正に対する弊害ばかりを並べるような有り様。
 そこで、Voice4月号に載っておりました百田尚樹さんと渡部昇一さんの対談が大変説得力があり、どのマスコミも伝えそうもないので、載せさせて頂くことに致しました。
 この本では、憲法改正の意味だけではなく、民主党政権の中身、日本で反日活動をしている在日コリアンの活動など、唖然とするような非常に腹立たしい話を聞きまして、09年の衆院選に民主党に一回やらせてみよう等と軽い気持ちで一票を投じた情報を得ぬ方々にとっても、勉強になる一冊ではと感じました。
 



憲法改正で「強い日本」を取り戻せ

 百田さん「日本国憲法は、日本が占領させている時代にGHQが日本人に短期間で草案を作らせ、あたかもすべて日本人が考えたかのような体を整えて公布・施行させたものです。まともな法律学者だったら、これを「憲法」だという人はほとんどいませんよ。」

 渡部さん「日本国憲法」は「米国の占領が続く」という前提の元に作られた、いわゆる「占領基本法」と呼ぶべきものなんです。もし1950年に朝鮮戦争が起きなければ、アメリカは50年ぐらい日本の占領を続けるつもりだったのですから。そのため日本国憲法の前文には、「日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであって、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」とある。日本人の安全と生存を諸外国に委ねるなんてとんでもない話であり、このような代物がほんとうの「憲法」であると言えるはずがない。」

 百田さん「アメリカも大東亜戦争で痛い目に遭っていますから、もう二度と日本が立ち向かえないようにした、と言うことですね。九条で「交戦権の放棄」を押しつけたのもそうです。今の日本には自衛隊がありますが、九条を厳密に解釈すると、相手に銃を向けられて引き金に指がかかっていても抵抗できない。向こうが撃ってくれば初めて反撃できますが、それも最低限のものに限られ、たとえば一発撃たれて10発打ち返したら、過剰防衛として処罰される。こんな馬鹿な事はないでしょう。」

 渡部さん「だからこそ、「憲法改正」という言葉の使い方にも注意しなければなりません。いまの日本国憲法を改正する、と言う形を取れば「日本国憲法は正式な憲法である」と、独立回復後の日本人自身が認めてしまうことになるのです。本来取るべき手続きは、あらかじめ憲法の草案を作成してから、議会で先ずは現行日本国憲法の「無効宣言」を行い、一瞬だけ大日本帝国憲法に戻した上で、ただちに新憲法の発布を行うというやり方です。もし「現行法との整合性はどうするのか」という批判があれば「占領憲法のもと基で出来た諸法律は、新憲法のもとで改正されるまでは有効とする」という但し書きを付けておけば全く問題無い。あくまでも日本国憲法は「占領基本法」である、と言う認識に立たなければならないのです。」

 百田さん「ドイツも同じく、占領されているときに連合国軍に憲法を押しつけられましたね。でもドイツ人はそれを「憲法」と見なしておらず「ボン基本法(ドイツ連邦共和国基本法)」と呼んでいます。占領が解けてから50回以上も条文を改正し、自分達の憲法を作っていったのです。」

 渡部さん「現行の日本国憲法にも、「首相の地位が明確に規定されている」「刑事裁判において、被告人が反対尋問の請求権を持つ」など、大日本帝国憲法にない優れた点も多い。だから、国民の総意が得られるなら、新憲法の大部分は日本国憲法の条文通りでも構いません。重要なのは、現行の日本国憲法を正式な憲法だと認めない「手続き」なのです。」

 百田さん「このような事実をほとんどの国民は知らない。だから教育改革の場合と同じく、重要なのは政府が憲法改正の本当の論点について、きちんとアピールして行くことです。そうすることで初めて、国民の「憲法改正アレルギー」が取り払われ、徐々に意識が変わっていくでしょう。」
 
東大法学部の「左翼思想を超克せよ

 渡部さん「未だに『憲法は尊い』と思ってる人が多いのは、私は東京大学の教授の責任が非常に大きいと思います。先程公職追放の話が出ましたが、教育界では、戦前の旧制中学の校長以上はほとんどが引っかかった。随筆家の山本夏彦さんの言葉を借りるなら、その空きを埋めたのは「引かれ者(江戸時代の罪人)」です。つまり戦前はコミンテルン活動などに従事し、摘発されたような人達が旧帝国大学の要職に就いているわけです。その最たる例が東京大学法学部なのです。たとえば、東大の憲法学者の宮沢俊義氏は、一夜にして占領憲法派に変身し、また国際法学者の横田喜三郎氏は戦後になって東大教授となり、「東京裁判は国際法的に有効だ」という学説を唱えました。彼は世界唯一の「東京裁判肯定」の法学者なのではないかと言われています。しかし、今の官僚組織・学界には相変わらず東大法学部の英挙が色濃く、宮沢説、横田説が未だに常識としてまかり通っているのです。

 百田さん「私は去年、出光佐三をモデルとした小説『海賊と呼ばれた男』を出したのですが、1953年に出光がイランから日章丸で石油を持って帰った際、イギリスの石油メジャーが積み荷の所有権を主張し、裁判になった顛末を描きました。結果的に出光が勝訴するわけですが、横田氏はそこで「イギリスが正しい」と評したのです。大学組織では、恩師の学説を弟子がひっくり返すことは難しいですから、その流れが続いてしまうのも仕方がないのかもしれません。」

 渡部さん「公職追放令で歴史学や国際法の世界に、まともな教員がいなくなってしまった。だから弟子も育つはずがありません。宮沢氏も、「八月十五日革命説」と言う学説を唱え、法学的には憲法改正の限界を超えている日本国憲法を正当化した。あまりに苦しい説明です。一方で同じ東大出でも、私が共感する福田恆存氏や小堀桂一郎氏、西尾幹二氏は、元々英文学やドイツ文学がご専門であり、その恩師達は公職追放には関係がなかった。その意味でも、東大法学部の悪影響は甚大なものです。」

 
在日コリアンの影響下に置かれていた
民主党政権

 渡部さん「最近私は『取り戻せ、日本を。安倍晋三・私論』(PHP研究所)と言う本を出しましたが、言うまでもなく安倍さんの「日本を取り戻す。」というスローガンから着想を得たものです。安倍さんの気持ちを忖度すると、これは「左翼から日本を取り戻す」と言う意味ではないでしょうか。とくに、民主党の支持母体である日教組(日本教職員組合)や自治労(全日本自治団体労働組合)、そして在日コリアンといった勢力の影響力を排除する、と言うのが真意である気がします。

 百田さん「民主党は与党になってから2年以上、代表戦で在日コリアンを含むサポーター(党友)にも投票権がありました(2012年より日本国籍を有するものに限定)。つまり日本の首相を選ぶに際して、外国人の票が影響力を持っているという事です。こんなおかしな事はありません。」

 渡部さん「それは明確な憲法違反ですね。さかのぼって言えば、民主党と在日コリアンの関係が密接であるのは、『原罪』ともいえます。民主党議員の中には、戦後の55年度体制で最大野党であった社会党出身者も少なくない。社会党を支えたのがまさに在日コリアンなのです。たとえば1951年に日本がサンフランシスコ条約に署名し、国際社会に復帰したときには、強硬に反対したのが社会党でした。占領下の日本は在日外国人にさまざまな特権を与えており、彼らにとって非常に居心地が良かったからです。闇市で食料を調達するときも、日本土人はすぐに摘発されるのに、彼らは警察に取り締まられることはなかったほどですから。これは作家の吉屋信子が書いてる事ですが、戦後まもなく菊池寛と一緒に京都に向かう記者の中で、菊池が「今度の選挙で社会党は金が無くて大変だろうな」と口走った所、たちまち屈強な在日コリアンの男達に囲まれ、因縁を付けられたそうです。彼らの本質が分かるエピソードです。」

 百田さん「日の丸や君が代に反対する文化人は少なくありませんが、その中には在日コリアンがいるとも言われています。厄介なのは、彼らが「自分達は在日である」と言う事を標榜せず、日本人の振りをして意見を述べていると言う事。本来、外国人に日の丸や君が代について意見を言われる筋合いはないですよね。」

 渡部さん「日本人風のいわゆる『通名』を名乗っているコリアンの人に「元の名前は?」と聞くと、「名誉毀損で訴えるぞ」と怒り出すそうです。祖国にプライドを持っているにも関わらず、何故本来の名前を聞かれるとそうした反応を示すのか。その意味でも非常に屈折していると言わざるを得ません。」

 百田さん「同じように、戦後長らく左翼的な勢力が跋扈しているのが、新聞やテレビなどメディアの世界、そして教育界です。と言うのも、日本は敗戦後、20万人以上がGHQによって公職追放令を受けましたが、どの分野でも、最終的にはほとんどの人が復帰しています。ところがメディアと教育界だけは、復帰出来た人が少なかった。それで左翼の温床になったわけです。まずメディアについて言えば、第一次安倍内閣は『朝日新聞』をはじめとする新聞やテレビに過剰なまでにバッシングされ、短い期間で残した実績が国民に十分に伝わらないまま、退陣に追い込まれてしまいましたね。

 渡部さん「ベストセラーになった『約束の日 安倍晋三試論』(幻冬舎)で小川榮太さんが書いているのですが、昨年11月に亡くなった政治評論家の三宅久之さんは、かつて朝日新聞社の主筆だった若宮啓文氏に「どうして『朝日』はそこまで安倍さんを叩くんだ?」と尋ねたところ、「社是だからだ」と言われたそうです。」

 百田さん「ただ、今では『安倍叩き』をするか否か、メディアも少し慎重になっているようにも見えます。リベラルな論調を出す事で読者が減るのではないか、と懸念しているのでしょう。」

 渡部さん「一月にはアメリカの『ニューヨークタイムズ』紙が安倍さんを「右翼の民族主義者だ」と強く批判しました。『ニューヨークタイムズ』の東京支局は、朝日新聞社と同じビルにあります。これは邪推かもしれませんが、『朝日新聞』の記者が、自分達の発言力が落ちていることに危機感を抱き『ニューヨークタイムズ』の記者をけしかけて、社論を書かせたと解釈することも出来ます。

 百田さん「ここ数年でインターネットが発達し、特に若い世代を中心に「マスコミの情報が必ずしも正しいわけではない」という意識が芽ばえ始めたのも大きいですね。」

 渡部さん「メディアに叩かれても、昔は反論のしようがなかったんです。私自身も『朝日新聞』に「渡部はヒトラーだ」と言う批判記事を書かれました。その時は『文藝春秋』が反論を書かせてくれたから最終的に痛み分けになりましたが、それがなければひょっとしたら抗議の自殺をするよりほかなかったかもしれません。」

 百田さん「かつては大学入試に『朝日』のもう一つの社説みたいな『天声人語』から問題が出ていました。これも推測ですが、教育界と左翼メディアが組んで、『朝日新聞』を読ませる戦略だったのかもしれません。」

 渡部さん「2011年から原罪にかけは、脱原発運動の旗振り役になり、いかにも国民全体が『脱原発』の意見を持っているかのような記事を掲載した。しかし先の総選挙では、「日本未来の党」を始めとする、脱原発政党は軒並み議席を減らしています。マスコミの言う事と、「サイレント・マジョリティ」の意見は違うと言う事が露呈しました。」

 百田さん「60年安保の時と状況は良く似ています。当時も日本全国が『安保反対』のような気運でしたが、自然成立とほぼ同時に岸内閣が倒れ、その数ヶ月後に行われた総選挙で自民党が圧勝した。メディアの声はあくまでも【大きい声】に過ぎず、それが大多数の声を代表しているとは限らないと言う事です。」

 
歴史教科書には「事実を記述すべき」

 渡部さん「第一次安倍内閣の果たした政策のうち、特に私が評価しているのは、教育基本法の改正です。道徳や倫理観に関する基本的な教育方針を変えたことで、ようやく日本人が日本人であることに誇りを持てる教育が出来るようになりました。」

 百田さん「日教組の教職員は子供達に「日本は侵略戦争を行い、アジアの人々を傷つけた」「日本人であることを恥ずべきだ」という事を教えてきましたからね。そのような誤った知識を死ぬまで持ち続ける日本人も多い。広島県のある高校は修学旅行で韓国に行き、生徒達に戦争中の行為について現地の人に謝罪をさせたとも聞きます。世界中を見渡しても、そのような教育をしている国は何処にもありません。」

 渡部さん「日本が侵略戦争を行ったというのは、東京裁判の検察側プロパガンダの後継者です。しかし東京裁判関係以外に、日本を正式に批判した公文書は存在しません。マッカーサーも米国上院の公聴会で「日本が行ったのは自衛戦争だった」と証言している。東京裁判史観をいまだに尊重していることが如何に意味のないものか分かります。この事実さえ浸透すれば、日本人の意識は根本から変わると思うんです。だから、たとえばNHKのゴールデンタイムに5分ほど時間を取って、毎日、マッカーサーの言葉を使ったメッセージを放送するのもいい。それが現実的に難しいのなら、教科書の記述を改めることです。去年、私は育鵬社の歴史教科書編集部に、「コラム扱いでも良いから、マッカーサー証言について盛り込んで欲しい」と働きかけ、囲み記事として掲載してもらいました。しかし文部科学省に提出した田所「この記述では検定は通りません」といわれ、結局外してしまったそうです。これはもちろん担当者の意見では無く、政府か官僚組織の中枢に東京裁判史観を植え付けたい人物がいると言う事です。」

 百田さん「『侵略戦争』といっても、日本人は東南アジアの人々と戦争をしたわけではない。フィリピンを占領したアメリカや、ベトナムを占領したフランス、そしてマレーシアを占領したイギリス軍と戦ったわけです。日本の行為を『侵略』と批判するなら、それ以前に侵略していた欧米諸国も批判されて然るべきでしよう。」

 渡部さん「私の娘はジュネーブの日本人学校で教えているのですが、日本から来た子供達が「日本人は悪い事をした」と洗脳されているのを解くのが大変だ、と言っていました。「日本は本当は立派な国なのだ」と教えると本当に誰もが喜ぶそうです。」

 百田さん「だからこそ政府に今求められるのは、日本人の歴史観を正しいものに変える為、ロビー活動、啓蒙活動を行っていくことですね。」

 渡部さん「安倍さんは首相就任以前より、教科書問題に関心を抱き、大手出版社の社長に「こんな事を書いていいのか」と迫ったり、教育学者の藤岡信勝氏らが設立した『新しい歴史教科書を作る会』で公演を行っていたと聞きます。安倍さんの改革によって、今の教育界にさらなる風穴が空くことを期待しましょう。」

 お二人の対談を読んでいますと、如何にテレビが流す報道が歪曲に満ちているか、何故そうしなければいけないのかが明確になってきます。
 東大法学部在日コリアンがウジャウジャいる民主党、または東大法学部松下政経塾在日コリアンだらけの民主党というものが未だ存在出来ているのも、戦後にアメリカと在日コリアンによる日本弱体化により基盤が出来上がってしまった日本が在ったからだと改めて感じますが(共産、社民も同様)、徐々に目に見える形で今はそれら日本を貶め、国民を洗脳しようと企む政党も力を弱めていっていますし、日本人が日本人として誇りを持ち、住みやすい国作りが成されていっているように感じます。
 余談になりますが、うちの祖父は終戦間際に15歳で駆り出され、兵隊となった経験を持ちますが(若すぎて通信係としてモールス信号を打っていたそうです)行く前からあんなアメリカみたいな大きな国と戦ったって日本が勝てるわけないと思っていたそうです。
 でもまあ行かなければいけないので行ったそうですが、終戦後は代々継いできた宮大工に戻り、お正月や天皇誕生日には玄関に旗を建てて天皇陛下をお祝いするという生活を亡くなるまで続けておりました。
 そんな家で育った親に育てられた私は、やはり代々本家が行ってきた行事を大切にしながら成長して参りまして、学生運動なるものがあった事も知らずに育ちましたので、自虐史観など微塵も感じた事がありません。
 年齢的にもそうでしょうが、私の友人達も、従姉妹も皆同様にそういう左翼的な考え方を持ってる人は皆無なので、特にマスメディアの異常さには子供の頃からおかしく感じておりました。
 私達世代の人間達は押し並べてそんな感じの人間が多いように思います。
 なので、今が我慢のしどころ。安倍政権によって日本が正常な形を取り戻した後は、私達(戦争も学生運動も知らない)世代が日本を背負っていくのですから、先の見通しは明るいのではと思ったりもします。